一月十七日は、火曜日でした。
震源は淡路島の北部。深さはおよそ十六キロ。芦屋から見て、南西の方角です。
冬の午前五時四十六分は、まだ暗い時間です。ほとんどの人が、家のなかにいました。寝ていた人が多かったはずです。
第一話に、この街には三本の鉄道が通っている、と書きました。その三本が、この朝、同時に止まっています。
阪神本線は運休し、芦屋駅は営業を止めました。運転が一部で再開されたのは一月二十六日、甲子園と青木のあいだだけです。全線が戻ったのは六月二十六日でした。阪急の芦屋川駅も被災し、営業を休止しています。国鉄から変わって八年目のJR芦屋駅は、駅の施設が崩落し、復旧工事がすべて終わったのは二年後の平成九年二月です。
大阪と神戸のあいだにあって、どちらにも電車一本で通えることが、この街の成り立ちでした。その電車が、五か月間、まともに動いていません。
この回では、その朝に何が起きたかを、できるだけ記録のとおりに並べます。形容を足しません。芦屋市が公開している数字と、復興の記録があります。それで足りると思っています。