芦屋の地図を見ると、市域が縦に細長いことに気づきます。北に六甲の山、南に大阪湾。そのあいだを、東西は隣の市に挟まれて、南北に伸びている。
この形には、伸びしろがありませんでした。
東も西も、市境の向こうは別の街です。北は山で、山の上には別荘地ができていましたが、その先は市街化できる土地ではありません。南は海。
戦後、人口が増え始めます。国際文化住宅都市という看板を掲げ、住むための街として復興を進めた結果、住みたい人が増えた。ところが、住む場所を増やす余地が、地図の上にない。
昭和三十年代、街はまず北へ向かいます。芦有道路が通り、奥山の開発が進みました。それまで山だった場所に道が引かれ、人が住めるようになっていく。南側では国道四十三号が引かれ、下水道と区画整理という都市の土台が整えられました。
それでも足りませんでした。
山は削れても、増やせません。残っていたのは、海のほうです。