その四年前にも、この村は一度こわれています。昭和九年九月二十一日、午前八時前後。室戸台風が阪神間を通り抜けていきました。
精道村がまとめた被害の記録が残っています。死者三名、重傷者四名。家屋の流失が二十一戸、全壊が四十二戸、半壊が百六戸。床上浸水三百五十四戸、床下浸水二百二十二戸。
そして、最後にもう一項目あります。
流失船舶、十六艘。
いまの芦屋を歩いていて、船の話が出てくることはまずありません。ヨットハーバーはありますが、あれは海を埋め立てたあとに造られたものです。けれど昭和のはじめには、この村には流されるだけの数の船がありました。山の手に別荘地ができていく同じ時期に、海のそばでは人が舟を出して暮らしていたということです。
ひとつの街のなかに、山の暮らしと海の暮らしが同時にあった。その両方が、同じ日に風で削られました。
村はこれを片づけ、建て直します。そして四年後、もっと大きなものが山から降りてきます。