昭和四十一年に撮られた芦屋の海岸の写真が、市の記録に残っています。写真の説明には「埋め立てを待つ芦屋海岸」とあります。いま南芦屋浜と呼ばれている場所は、そのころまだ大阪湾の水面でした。
芦屋の埋め立ては二段階で進みました。まず一九七〇年代に、いまの芦屋浜。続いて平成十(一九九八)年に、その南側の南芦屋浜の埋め立て工事が終わります。愛称は潮芦屋。芦屋の市域は、この五十年ほどで南へ大きく伸びたことになります。
平安時代から別荘地として知られてきた芦屋の千年と比べると、この町の歴史は一瞬です。けれど、それがこの場所の面白さでもあります。町がどうやってできるのかを、ほとんど全部あとから確認できる。誰が何を考えて、この道幅を決めたのか。資料が残っているのです。