芦屋みっけ 読み物No.03

03

THE TOWN WITHOUT SIGNS

看板のない街

芦屋を歩いていると、なぜか空が広く感じます。理由は、建物の上に何も載っていないからです。この街の見晴らしは、偶然できたものではありません。

PHOTO — 国道2号沿い(写真差し替え)

SCROLL

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見上げると、空がある

はじめて芦屋を歩いた人が、うまく言葉にできないまま感じることがあります。空が広い。開けた土地でもないのに、視界が軽い。理由は上を見ると分かります。建物の屋上に、何も載っていないのです。

ほかの街では、ビルの上に看板が立っています。塔屋の側面に社名が並び、屋上に大きな箱が載っている。見慣れているので、ふだん意識することはありません。芦屋にはそれが一つもない。

見上げると、
建物の上が全部、空だった。

屋上に広告を出すことは、芦屋市では禁止されています。市内の全域でです。この街の見晴らしのよさは、条例が作っています。

FIG.1建物の上に何もない街並み(写真差し替え)

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その看板は、わざと地味にしてあります

二〇一七年、JR芦屋駅の近くに全国チェーンの居酒屋が開店しました。この店の看板は、全国どこでも原色の黄色地に真っ赤なロゴです。ところが芦屋の店舗では、淡い黄色とえんじ色に変えられていました。大きさも小さくしてあります。

看板は目立たなければ意味がありません。それをわざわざ目立たなくした。店が遠慮したわけではなく、芦屋ではそうしないと出せないからです。

芦屋市屋外広告物条例。二〇一六年七月に施行されました。屋上の広告とアドバルーンは市内全域で禁止、壁から突き出す看板も原則禁止、ネオンも禁止です。文字は一字あたり一平方メートル以下、壁面広告が壁を占める割合は基本的に五分の一以下。市内は七つの区域に分かれていて、区域ごとに基準が変わります。看板規制で知られる京都市より踏み込んだ内容が多いと評価されています。

要するに、大きくもできず、突き出せず、光らせられず、派手な色も使えない。芦屋で店を出すというのは、そういう条件で人に見つけてもらうということです。

FIG.2色を落としたチェーン店の看板(写真差し替え)

COLUMN

禁止されている色がある

この条例の変わっているところは、色そのものを規制している点です。色相・明度・彩度を基準に、どぎつい色の使用を禁じたり、使える面積の割合を制限したりしています。

たとえば芦屋川の沿岸では、黄色とピンクが禁止色とされています。街を歩きながら「この色はここでは使えない」と考えはじめると、見え方が変わってきます。

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派手にできない街の、看板の作り方

制限があると、工夫が生まれます。大きさで勝てないなら、ほかの何かで見つけてもらうしかありません。

芦屋の店先を見ていくと、そのやり方がいくつも見つかります。木や真鍮や左官仕上げといった素材そのものに語らせる店。文字を極端に小さくして、そのぶん字の組み方を整えている店。看板を置かずに、庇のかたちや植栽で入口を示している店。夜のあかりの色を落として、かえって目に留まるようにしている店。

派手にできない街の看板は、
たぶん日本でいちばん上手い。

条例は店の自由を狭めました。けれど結果として、この街には安易な看板がありません。目立たせるのではなく、伝えるほうに手間をかけた店先が並んでいます。それは規制の副産物ですが、芦屋を歩く楽しさの、かなりの部分を作っています。

この節は、実際に街を歩いて具体的な店の例を入れ直します。いまは書き手の見立てにとどまっています。

FIG.3–6素材、文字、植栽、あかり(写真差し替え)

PHOTO — 打出商店街のアーケード(写真差し替え)

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自分の見た目を、自分で決める

この条例は、突然できたものではありません。芦屋市は二〇〇九年七月、全国で初めて市内の全域を景観地区に指定しています。建物そのものに対する規制です。

ただ、看板については長く兵庫県の条例に従っていました。市が独自の条例を作るには景観行政団体になる必要があり、それを取得したのが二〇一四年四月。翌年十二月に条例を制定し、二〇一六年七月に施行しました。踏み切れなかった理由のひとつは財政です。震災復興の借入金の負担が重く、県条例に準拠していれば年間五百万円ほどの交付金が入りました。財政再建に目処がついたことが、独自条例へ進む後押しになったと報じられています。

当時の市長は「世界一美しい景観」を掲げ、百年後の市民から、なんといい条例を作ってくれたと感謝されるはずだと語りました。

芦屋はずっと、
自分の見た目を
自分で決めてきた。

芦屋川の沿岸には、建物の高さや色を定めた特別景観地区があります。南芦屋浜では、町を作る段階から電線を地中に埋めました。この街は何十年も、自分の見た目を自分で決めるということを続けています。看板の条例は、その最新の一手にすぎません。

ただし、行政が決めただけでは景色は変わりませんでした。新しい基準を当てはめると、市に届け出のあった八百四十五件のうち、およそ四割の三百十八件が不適合になる計算でした。商工会からは、看板は商売の工夫のしどころなのに説明が足りない、という声も上がっています。

それでも動いた人たちがいます。打出商店街は、アーケードに掲げていた大型広告を自主的に撤去しました。違反になるのが明らかなら外しておいた方がいい、という商店会長の判断です。壁から突き出していた銀行の看板も外されました。改修や撤去の費用は最大三分の二を市が助成しています。いまの景色は、そうやってできています。

05

十年の猶予が、終わりました

条例には経過措置がありました。施行の時点ですでに適法に立っていた看板は、すぐ撤去する必要はありません。三年、鉄骨造など堅固なものは五年。やむを得ない理由があって是正計画書を出し、市が認めた場合はさらに延長でき、最長で十年でした。

その最長の期限が、二〇二六年六月三十日です。つまり猶予は、この夏に終わったばかりということになります。

途中の経過も記録されています。施行から四年の時点で、条例に適合していない広告物はまだ九百三十四個ありました。屋外広告物全体の約十二パーセントにあたります。補助金の申請は二百六十六件に達していました。

十年という猶予は、行政の側から見ればずいぶん長い期間です。ふつう条例は数年の経過措置で切り替えます。それを最長十年にしたのは、看板の作り替えが店にとって簡単な話ではないと分かっていたからでしょう。急がせずに、少しずつ入れ替わるのを待った。

その十年のあいだに、街はゆっくり変わってきました。新しく開いた店は最初から条例に合わせた看板を出します。古い看板は期限が来たものから順に姿を消していく。誰も一斉に何かをしたわけではないのに、通りの見え方が変わっていく。

期限を過ぎた今、街から何が消えて、何が残っているのか。それはいま、歩いて確かめられます。

FIG.7条例に合わせて作り替えられた看板(写真差し替え)

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市境をまたぐと、分かります

条例の効き目をいちばん手っ取り早く確かめる方法があります。市の境をまたぐことです。

国道2号を東へ進むと西宮に入ります。西へ進むと神戸です。どちらの方向でも、境界を越えた瞬間に看板の量と色が変わります。道幅も店の並びも同じ、チェーン店の顔ぶれもほとんど同じ。違うのは、建物に付いているものだけです。

これは芦屋が特別に厳しいという話であって、隣の街が雑という話ではありません。西宮も神戸も、兵庫県の条例に従って規制はされています。芦屋だけが、その上に独自の基準を重ねている。

同じ道、同じ店。
違うのは、看板だけ。

面白いのは、越えた先に戻ってきたときです。芦屋に入った瞬間、視界が静かになるのが分かります。行きは気づかなくても、帰りに気づく。ふだん住んでいる人ほど、この差を意識する機会がないかもしれません。

もうひとつの確かめ方は、単純に上を見ることです。屋上に何もないので、建物の上が全部空です。他の街に行ったときに、あらためて気づくはずです。

FIG.8市境付近の国道2号。左が芦屋、右が隣市(写真差し替え)

07

歩いてみる

この街を見るのに、特別な場所へ行く必要はありません。どこを歩いても対象です。ただ、区域ごとに基準が違うので、見比べると分かりやすくなります。

店先をひとつずつ見ていくのもおすすめです。派手にできない条件の中で、どうやって伝えようとしているか。芦屋の店の看板は、そういう目で見るととても面白い。

RTE 2
国道2号沿い。チェーン店が集まるので、色を落とした看板を比較しやすい場所です。
STN
JR芦屋駅前。人通りが多いのに、突き出し看板がほとんどありません。
ARCADE
打出商店街。大型広告を自主撤去したアーケードを、実際に見上げてみてください。
BORDER
西宮・神戸との市境。条例の効果がいちばんはっきり分かる場所です。

DATA

名称
芦屋市屋外広告物条例
公布
平成27(2015)年12月18日
施行
平成28(2016)年7月1日
規制区域
7区域(山麓、住宅、複合ほか)
主な禁止
屋上広告、アドバルーン、ネオン、突出広告(原則)
罰則
改善命令違反で50万円以下の罰金
経過措置
3〜5年、延長を含め最長10年(2026年6月30日まで)
前提
平成21(2009)年7月、全国初の市全域景観地区指定

SOURCES

  • 芦屋市「芦屋市屋外広告物条例について」「屋外広告物条例の手引き」
  • 日本経済新聞、神戸新聞、共同通信の各報道
  • 地方自治研究機構「屋外広告物条例」