芦屋みっけ 読み物No.01

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ASHIYA RIVER — FROM THE GRANITE

芦屋川

駅を降りて、川に沿って歩くだけ。北へ行けば山、南へ行けば海に着きます。芦屋でいちばん道に迷いにくい場所が、いちばん景色の変わる場所でもあります。

PHOTO — 開森橋から上流を望む(写真差し替え)

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どこから流れてくるのか

芦屋川の水は、六甲山地の白山石宝殿のあたりから始まります。標高565.6メートルのごろごろ岳から下ってきた流れが奥山貯水池を経て合わさり、石仏谷や八幡谷といった沢の水を集めながら南へ向かいます。阪急芦屋川駅の少し上流、開森橋のあたりで支流の高座川と一つになり、そこからはほとんど寄り道をせずまっすぐ海に落ちていきます。

山から海までの距離は、資料によって四・五キロとも、およそ六キロとも書かれます。いずれにしても、山を出てから海に着くまでが短い。だからこの川はとても急です。六甲山地は花崗岩でできていて、その花崗岩は風化して脆くなっているため、雨のたびに大量の砂と石が下流へ運ばれてきました。

いっぽうで水そのものは澄んでいて、明治時代から芦屋の水道の水源として使われてきました。きれいな水と、大量の土砂。この二つが同じ川の性格として同居しているのが、芦屋川という川です。

FIG.1開森橋のあたり。ここで高座川と合流する(写真差し替え)

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電車が、川の下をくぐる

芦屋川を歩いていて最初に不思議に思うのは、川が自分より高い場所にあることです。堤防に上がらないと水面が見えない。中流から下は、周りの土地よりも川底のほうが高くなっています。こういう川を天井川と呼びます。川底が民家の天井くらいの高さに見える、というのが名前の由来です。

これは長い年月をかけて、上流から運ばれてきた土砂が川底に積もり続けた結果です。積もるたびに堤防を高くする。するとまた積もる。それを繰り返すうちに、川が地面から浮き上がっていきました。

どれくらい高いのかは、JR芦屋駅の西で確かめられます。ここでは線路が芦屋川の下を抜けています。線路の高さは周りの土地とほとんど変わりません。高いのは川のほうです。

ここでは川のほうが、
橋を渡っている。

この構造は明治からありました。大阪と神戸のあいだに鉄道を通したとき、当時の機関車では川を越える坂を登りきれなかったため、川の下をくぐらせるしかなかったのです。芦屋川隧道と名づけられたそのトンネルは、一八七四年、明治七年の竣工。日本で最初の鉄道トンネルである石屋川隧道、二番目の住吉川隧道に続く、三番目にあたります。

そのトンネルは、いまはありません。一九二〇年、複々線にする工事のときに解体され、芦屋川跨線水路橋に造り替えられました。ただ線路の北側の斜面には、解体された煉瓦の破片がいくつも埋め込まれたまま残っています。百五十年前の工事の跡が、通勤電車の脇にそのままある。

くぐるのはJRだけです。阪急芦屋川駅と阪神芦屋駅は、どちらも川の上を渡る橋の上にホームがあります。またぐか、くぐるか。同じ川に対して、鉄道は二通りの答えを出しました。

COLUMN

なぜ阪神間に天井川が多いのか

天井川は芦屋川だけのものではありません。すぐ西の住吉川、石屋川、東の夙川も同じように天井川です。六甲山地から急に平地へ出る地形が共通しているからです。

加えて、六甲の山は明治のはじめ頃まで木の少ないはげ山でした。薪や材木のために伐られ続け、土を留めるものがなかったのです。雨が降れば土砂がそのまま流れ出しました。明治半ば以降の植林で、今のような緑の山に戻っています。

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千年前から、ここは別荘地だった

芦屋川に架かる橋のひとつに、業平橋という名前のものがあります。国道2号が川を渡るところです。名前の由来は在原業平。平安時代の歌人で、六歌仙のひとりに数えられる人です。

『伊勢物語』の第八十七段は、津の国の菟原の郡、芦屋の里に、男が縁あって行き住んだ、という書き出しで始まります。この男が業平だとされてきました。つまり芦屋は、千年前にすでに都の貴族が別荘を構える土地として書かれている。いま高級住宅地として知られていることの、はるか前の話です。

芦屋の別荘地としての歴史は、
平安時代から始まっている。

その痕跡は地名に残っています。JR芦屋駅のすぐ南は業平町。そのさらに南が公光町で、こちらは業平の霊が舞う能『雲林院』に登場する人物の名から来ているといわれます。市内には業平の父にあたる阿保親王の墓と伝えられる阿保親王塚もあります。橋の名も、町の名も、平安の物語から取られている。

いまの業平橋は一九二五年、大正十四年の竣工で、阪神国道の整備にあわせて架けられた二代目です。土木学会の選奨土木遺産に選ばれています。千年前の歌人の名を、大正時代の土木構造物が今も背負っている。芦屋川はそういう時間の重なり方をする川です。

FIG.2業平橋の親柱(写真差し替え)

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一九三八年七月の三日間

その土砂が、一度に動いたことがあります。昭和十三年、一九三八年七月三日から五日にかけて降り続いた雨で、神戸から阪神間の川がいっせいに氾濫しました。阪神大水害と呼ばれています。

三日間の雨量は四百ミリを超えました。山からは土石流が下り、芦屋川では堆積していたものが一気に押し出されて、河口近くの住宅地まで壊滅的な被害が出ています。阪神地域全体では六百人以上が亡くなり、八万戸以上が被災しました。

このとき芦屋に隣接する住吉村に住んでいたのが谷崎潤一郎です。『細雪』には、この水害の様子がかなり細かく書き込まれています。作品の中の出来事でありながら、当時の記録としても読まれてきました。芦屋川沿いには、決壊した場所を伝える石碑が今も残っています。

FIG.3芦屋川決壊の碑(写真差し替え・所在要確認)

PHOTO — 業平橋あたり(写真差し替え)

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北は桜、南は松

ふだんの芦屋川がいちばん知られているのは、並木の姿でしょう。国道2号を境にして、北側が桜並木、南側が松並木。同じ川なのに、堤防の上を歩いていると途中で景色の種類が変わります。

桜はおよそ二キロにわたって続きます。四月のはじめには芦屋さくらまつりが開かれ、夜はライトアップもされます。隣の夙川ほど混まないので、静かに歩けるという声も多い。木はかなりの老木で、幹が捻れたものも目立ちますが、そのぶん枝ぶりが面白く、六甲の山を背にした姿がよく映えます。

この景色は自然に残ったものではありません。芦屋市はこの一帯を芦屋川特別景観地区に定めていて、川沿いに建てる建物の高さや形、色に制限をかけています。松や桜の並木、生垣、御影石の石積みが一体となった眺めを守るためです。川から山が見える、という状態を制度で維持している。

FIG.3–6桜並木、松並木、堤防の道、石積み(写真差し替え)

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川をさかのぼると山が始まる

阪急芦屋川駅から川に沿って北へ二十五分ほど歩くと、住宅地がふっと終わって山道になります。さらに進むと高座の滝です。落差およそ十メートル、雄滝と雌滝からなる二本の滝で、かつては修験者が滝に打たれた場所でした。

滝の左手の岩壁に、藤木九三という人のレリーフが埋め込まれています。藤木は朝日新聞の神戸支局長だった一九二四年、岩登りを目的とした山岳会RCCを仲間と創設しました。家から近かった芦屋川上流の岩場を練習場所に選び、この一帯をロックガーデンと名づけます。ここが日本のロッククライミング発祥の地と呼ばれるようになったのは、そういう経緯です。

ロックガーデンから先は、標高447メートルの風吹岩を経て六甲の山頂へ続きます。一九一六年には市民が登る「やまゆき会」も発足していて、専門の登山家だけの場所ではありませんでした。町の川をさかのぼると、そのまま日本の登山史の一場面に行き当たる。芦屋川の面白さは、この距離の短さにあります。

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水辺にいるもの

川沿いを歩いていると、カモが浮いているのをよく見かけます。上流側の開森橋のあたりではカワセミが観察されていて、長年この川で撮り続けている人もいます。ある年にはカワウが入ってきて小魚が減った、という話も出ています。生きものの顔ぶれは年によって変わります。

魚については、砂防のダムが多く、一度下流に落ちた魚は上流へ戻れないという指摘があります。真夏の渇水期には水がほとんどなくなる区間もあり、川底が乾いて石だけが残ります。水がない芦屋川に驚いた、という感想は珍しくありません。

この節はまだ調べが足りていません。市や県の生物調査の記録にあたって、確認できた種だけを載せる形に書き直す予定です。

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歩いてみる

芦屋川のいいところは、歩く計画をほとんど立てなくていいことです。川に沿って北に行けば山、南に行けば海。迷いようがありません。

いちばん楽なのは、阪急芦屋川駅で降りて南へ下るコースです。阪神芦屋駅まで、ずっとゆるやかな下り坂。堤防の上が並木道になっているので、川を左右に見ながら歩けます。距離のわりに疲れません。逆向きに歩くと、ずっと上りになります。

橋ごとに見えるものが変わるのも面白いところです。上流側の開森橋からは、正面に六甲の山並みが見えます。まんなかの業平橋からは町の中の景色。下流の鵺塚橋まで下ると、今度は海側が開けます。同じ川なのに、橋を三つ渡るだけで山と町と海を順番に見ることになる。

橋を三つ渡るあいだに、
山と町と海が入れ替わる。

北側では河原に降りられる区間があります。舗装されていない石だらけの場所で、子どもが石を飛び越えたり葉っぱを流したりして遊んでいます。ベンチも置かれていて、写生をしている人を見かけることもあります。

そのまま北へ歩き続けると、二十五分ほどで住宅地が終わって山道になります。高座の滝までなら、特別な装備がなくても行けます。町から滝までが徒歩圏内、というのは考えてみると贅沢な話です。

川沿いにはカフェやパン屋が点在していて、散歩の途中で寄れます。桜の季節は人が集まりますが、それでも隣の夙川ほどは混みません。静かに歩きたいなら平日の夕方が向いています。

SPR
桜。四月上旬が見頃で、夜はライトアップ。人がいちばん多い季節です。
SUM
水が減り、川底の石が現れます。上流の滝までは涼しく、新緑がきれい。
AUT
高座の滝から上の紅葉。町なかより山側のほうが変化がはっきりします。
WIN
葉が落ちて見通しがよくなり、堤防から六甲の山並みがいちばんよく見えます。

DATA

水系
二級水系 芦屋川
延長
4.5キロ(資料により約6キロとも)
流域面積
8.4平方キロ
水源
六甲山地・白山石宝殿付近
河口
大阪湾
主な支流
高座川(開森橋付近で合流)
最寄り駅
阪急芦屋川、JR芦屋、阪神芦屋

SOURCES

  • 芦屋市「芦屋ロックガーデン」「芦屋川特別景観地区」
  • 国土交通省近畿地方整備局 六甲砂防事務所の資料
  • 兵庫県の六甲山南麓河川に関する学習資料
  • 神戸新聞、阪神大水害に関する各報道